補聴器訪問販売の限界― 効果測定なき訪問販売への警鐘
はじめに
補聴器は、音を大きくするだけの機器ではありません。聞こえを補うための管理医療機器です。
そのため、単に音を出して終わりではなく、「どれだけ聞こえが改善したか」を確認しながら調整を重ねる必要があります。
本来は、調整効果を客観的に測定し、改善を数値で確認する工程が欠かせません。
私は、訪問販売という業態そのものを否定するつもりはありません。
しかし、効果測定を行えない環境で販売や調整が行われているケースについては、一人の認定補聴器技能者として疑問を感じています。

私はこう考えている
訪問販売には、ご自宅から外出できない方や、施設に入所されている方など、必要とされる場面があります。
問題は業態そのものではありません。
効果測定を行う環境があるかどうかです。
補聴器は、調整して終わりではありません。
「本当に聞こえが改善したのか」を確認して初めて、一つの調整が完了すると考えています。
私自身も、測定を伴う訪問販売をしていた
実は私も、独立してからの5年間は、訪問中心に活動していた時期があります。
メーカー勤務時代に学んだ知識を基に、市販のスピーカーを持参し、効果測定を行いながら調整をしていました。

しかし、これには大きな難点がありました。
- 記録が手書きのため、データとして蓄積・比較ができない
- 訪問先ごとに部屋の環境が変わり、測定値の信ぴょう性が担保できない
実際に、苦い経験があります。
その日は「このテスト結果であれば十分なはず」という判断のもと、お客様に補聴器の聞こえを試していただきました。
ところが、テレビの音がキンキンする、セリフがはっきり聞き取れない、といった訴えが続き、結局そのお宅に3時間以上滞在することになったのです。

※写真はイメージであり本文とは無関係です
今、校正済みの設備で調整すれば、30分以内には終えられていたと思います。当時は、測定環境そのものが安定していなかったために、無駄な時間とお客様の負担を生んでしまっていました。
かといって、店舗と同等の本格的な測定設備を持ち歩くのは現実的ではありません。荷物は増える一方ですし、訪問先ごとに一から設営するとなると、スピーカーとお客様との距離や出力の正確性にも不安が残ります。
こうした状態が、開業から約2年ほど続きました。
そんな中で出会ったのが、クイックチェッカープロ(株式会社オトデザイナーズ製)という効果測定機器でした。



- 訪問先でも店舗でも、簡単かつ正確に効果測定ができる
- 測定結果がデータとして記録される
- 出力特性まで測定できるマルチ機能を備えている
価格は1台30万円、加えて毎年の校正費用もかかりましたが、当時抱えていた課題(記録・再現性・携行性)を解決するには最適な機種でした。
余談ですが、私も同業者やメーカー系列の専門店に紹介し、その後、複数の店舗で導入されたと聞いています。
※残念ながら、現在は廃盤になったようです。廃盤の正式な理由は確認できていませんが、専用タブレットや対応スピーカーの継続供給が難しかった可能性も考えられます。
この機器のおかげで、多くのお客様に対して、自信を持って正しい出力状態を説明し、今後の課題についてもお伝えできるようになりました。
正直なところ、訪問先でのこの経験がなければ、今の店舗での調整に対する考え方には至らなかったと思います。私の中では、補聴器販売における革命的な機種でした。
残念ながら、多くの訪問販売店では、こうした機器を用いて効果測定を行っているというPRはほとんど見かけません。
もちろん、現在でも測定環境を整えたうえで訪問対応している販売店は存在します。
現在でも、効果測定が可能な訪問形態は存在する
現在でも、効果測定を行いながら訪問対応する方法はあります。
① 車両を改造し、専門店同等の設備を備える方法
車内に測定設備を整え、その場で測定・調整を行う形式です。
設備投資は必要ですが、店舗と同等の測定環境を確保できます。
② ポータブル効果測定装置を持参する方法
リオンやオーティコンなどからは、持ち運び可能な効果測定装置も販売されています。
据え置き機器ほどではありませんが、訪問先でも一定の効果測定を行うことが可能です。
実際、イギリスではポータブル実耳測定装置を持参し、ご自宅で実耳測定(REM)を行いながら補聴器を調整するサービスを提供している事業者もあります。
その事業者自身も、「時間的制約・機材コスト・トレーニング不足などを理由に、実耳測定を日常的に実施していない事業者が多い」と述べています。
つまり、訪問先で測定ができないのではなく、実施する体制があるかどうかの問題なのです。
ただし、ここには見過ごされがちな現実もあります。
訪問販売員一人ひとりに、測定機器が必要になるという点です。
現在、実耳測定にも対応できる持ち運び可能な測定システムを一式導入しようとすると、構成によっては1台あたり80万円以上の設備投資になります。
一人で対応する範囲であればまだ現実的かもしれません。しかし、訪問販売員を複数人抱える体制になれば、その人数分だけ機器を揃えなければならず、投資額は一気に跳ね上がります。
私自身、かつてクイックチェッカープロを導入した際も、1台30万円に加えて毎年の校正費用がかかりました。それでも一人で対応する分にはコストとして成立していましたが、これが数人・十数人規模の訪問販売員を抱える会社となると、話は変わってきます。
測定機器を持たない訪問販売が多い背景には、こうした構造的なコストの壁がある、というのが私の見立てです。
私が疑問に感じる訪問販売

一方で、効果測定装置を持たず、測定も行わず、その場の感覚だけで調整・販売しているケースもあります。
その場合、私は一つ疑問があります。
その調整が適切だったかを、どのような方法で確認しているのでしょうか。
もちろん、お客様の感想は大切です。
しかし、「聞こえる気がする」という感覚だけでは、客観的な評価とは言えません。
補聴器は、測定機器を用いて改善を数値で確認する工程が重要だと考えています。
私が店舗型・完全予約制を選んだ理由
現在、当店は完全予約制の店舗で対応しています。
その理由は、十分な測定環境を整えたいからです。
店舗には、
- 補聴器特性測定装置
- 実耳測定装置
- 聴力測定設備
- 静かな測定環境
を整えています。
これらは簡単に持ち運べる設備ではありません。
だからこそ、私は店舗という形を選びました。
そして、店舗を選んだ理由は設備があるからではありません。
「正確に測定できる環境を維持すること」が、お客様に対する責任だと考えているからです。
訪問販売を選ぶときに、確認してほしいこと
訪問販売を利用すること自体は、悪いことではありません。
ただ、依頼する際には、一つだけ確認していただきたいことがあります。
「調整後に、どのような効果測定を行っていますか?」
この質問に明確に答えられるかどうか。
それが、訪問販売を選ぶうえでの一つの判断基準になると考えています。
訪問か店舗か、その形式そのものは本質ではありません。大切なのは、どこで補聴器を購入しても、
- 聞こえを測定し、
- 効果を確認し、
- 必要に応じて再調整する。
この流れが当たり前になることだと思っています。
まとめ
補聴器は、販売することが目的ではありません。
聞こえを改善することが目的です。
そして、その改善を確認するためには、客観的な効果測定が欠かせません。
私が問題提起したいのは、訪問販売という業態ではなく、
「効果測定という工程を省略してしまうこと」
です。
参考文献・出典
- Harvey Dillon『Hearing Aids』初版(Boomerang Press / Thieme)
- Key to Hearing(英国)「Real Ear Measurement (REM) Hearing Aid Fittings at Home」 https://www.keytohearing.co.uk/real-ear-measurement
- British Society of Audiology「Adult Hearing Aid Verification」 https://www.interacoustics.com/hearing-aid-fitting/affinity-compact/support/adult-hearing-aid-verification
- Does probe-tube verification of real-ear hearing aid amplification characteristics improve outcomes in adult hearing aid users? https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC7371126/
- 中村雅仁「補聴器自宅出張訪問サービスについて」The補聴器専門店 中村ブログ(kikoe.net内、補聴器自宅訪問カテゴリ)、2016年2月25日
- クイックチェッカープロ 製造元:株式会社オトデザイナーズ




