
こんなご相談が多いです
「音は聞こえるのに、言葉が分からない」
「聞き取りやすくしてもらうと、今度はうるさくなる」
「調整のたびに音が変わって、何が正しいのか分からなくなった」
補聴器を買い替えても、何度調整に通っても、聞こえに納得できない。
原因は一つではありません。機種の性能、語音明瞭度、耳栓の形状、調整方法など、いくつもの要因が重なっています。
その中で見落とされやすいのが、「補聴器から出た音が、耳の中で実際にどうなっているか」という点です。
調整ソフトの画面上では正しく合わせてあっても、耳の中で同じ音が出ているとは限りません。これを客観的に確かめる方法が、実耳測定(REM:Real Ear Measurement)です。
海外の指針
英国の聴覚学会では、実耳測定を用いて補聴器の出力が処方目標に合っているか確認し、必要な調整を行うことを推奨しています。[1]
この記事では、補聴器メーカーに12年勤め、2012年に独立してから現場で重ねてきた失敗と試行錯誤、そして当店の実際の測定データをもとに、実耳測定がなぜ必要なのかをお伝えします。
拡大して見る中村の持論
ただし、来店された方に、最初から実耳測定の話はしません。合わない原因が、実耳測定以前のところにあることも少なくないからです。
- お使いの補聴器で、ご希望の聞こえが本当に実現できるのか
- 騒がしい場所での聞き取りを求めているのに、入門機を使っていないか
- 音量調整やプログラム切替を活用できているか
- これまで、どんな調整を受けてきたのか
こうした話を伺うだけで、最初の数分で大まかな方向性が見えてくることもあります。数値を見る前に、その方がどこで困り、何を求めているのかを知る。これは今も変わらない順番です。
2時間調整しても、答えが出なかった頃

独立当初、調整の中心は音場測定でした。
音場測定とは、補聴器を着けた状態でスピーカーから音を出し、どのくらい小さな音まで聞こえるかを確かめる方法。今でも大切な検査の一つです。当時は自宅訪問にも力を入れ、スピーカーや機材を車に積んで、お客様の生活の場で調整することもよくありました。
それでも、どうしても解決できないケースがあったのです。
あの頃の現場
測定上は聞こえている。教科書通りに合わせている。なのに「聞き取りにくい」「うるさい」と言われる。
上げれば不快、下げれば聞こえない。気付けば2時間以上、音を上げ下げしている。お客様は疲れ、こちらも答えが見つからない。
「これが本当に最善なのか」
補聴器は長く使うもの。でも、聞こえを合わせるまでの道のりまで長く苦しい必要はない。もっと早く、もっと客観的に、いまの状態をつかむ方法があるはずだ──それが、実耳測定を本格的に学び直したきっかけです。
メーカー時代、処方式は「正解」だった
メーカーに勤めていた12年間、新しい製品や処方式が出るたびに、それを正しいものとして受け入れていました。再現性が高く、多くの人に当てはめやすい方法を広めるのは、メーカーの立場なら合理的なことです。
ところが独立して、一人ひとりのお客様と何年も付き合うようになると、それだけでは届かない問題が見えてきます。同じ聴力でも、
- 会話の音域を目標値より少し下げた方が楽な方
- 低音を残した方が着け心地の良い方
- 目標値通りでは疲れてしまう方
は珍しくありません。
中村の持論
NAL-NL2をはじめとする処方式は、長年の研究から生まれた大切な土台。否定するつもりはまったくありません。海外の補聴器研究でも、優れた処方式とは、その後の微調整のための「できる限り良い出発点」を与えるものとされています。
処方式は出発点であって、ゴールではない。実際の耳の中の音を確かめているからこそ、「ここまで下げても大丈夫」「ここは上げた方がいい」と判断できます。
画面の数字と、耳の中の音は違う
聴力データを入力すると、調整ソフトが必要な増幅量を計算してくれます。ただ、画面に表示されるのは、一定の条件をもとに計算・予測された値にすぎません。
耳の穴は、一人ひとり形が違う
耳の穴が太い方もいれば、細い方もいる。まっすぐな方もいれば、曲がりの強い方もいる。耳栓の密閉具合や装着位置によっても、耳の中の音響特性は変わります。


同じ補聴器を同じ数値に設定しても、全員の耳で同じ音が出るわけではないのです。
海外の研究
米国聴覚学会(AAA)の専門記事でも、メーカーの初期設定では、特に高音域の増幅が処方目標に届かない場合があると、研究結果を踏まえて説明されています。[2]
拡大して見る現場で感じていた違和感の正体は、まさにこれでした。画面上は正しくても、耳の中では足りない音があるかもしれない。逆に、必要以上に大きくなっている音があるかもしれない。それなら、測って確かめるしかありません。
実際に、画面の設定と耳の中の音がズレていた例を、このあとご紹介します。
海外では「確かめるもの」とされている
実耳測定は、当店が独自に考えた特別な方法ではありません。
海外の指針・研究
英国聴覚学会(BSA)は2018年、プローブマイクロホン測定による補聴器の検証について実践ガイダンスを公表し、次のような考え方を示しています。[1]
- 補聴器の出力が処方目標に合っているかを確認する
- 必要に応じて調整し、目標との一致を改善する
- 補聴器の各種機能を検証する
米国聴覚学会でも、実耳測定による検証の重要性は繰り返し取り上げられてきました。[2][3] 一方で、米国の専門誌には「補聴器のフィッティングを検証せよ」と強く呼びかける記事も掲載されています。[3] 呼びかけが必要なほど、海外でも現場に定着しきっているわけではない。海外ならどこでも測っている、という単純な話ではないわけです。

米国のある補聴器センターは、実耳測定を「既製服と仕立て服の違い」にたとえています。[4] 聴力データから計算した初期設定は既製服。実際の耳で測って合わせて、はじめてその人の一着になる。的を射た例えです。
当店の実耳測定で確かめていること

補聴器を着けた状態で、細い測定用チューブを耳の中に入れ、鼓膜付近の音圧を測ります。測定そのものは10分ほど。
拡大して見るまず補聴器を着けない状態で、耳本来の共鳴特性を確認します。このデータは、将来処方式を変えるときにも役立つ大切な情報です。

そのあと補聴器を着けて、主に次の点を見ていきます。
小さな声(50dB SPL程度)が
どこまで届いているか
ふだんの会話音(65dB SPL程度)が
処方目標に近いか
大きな音が
過剰になっていないか
周波数ごとに
増幅の不足や過剰がないか
※入力音圧や測定条件は、測定方式や補聴器によって変えています。
たとえば、会話の出だしや語尾が聞き取りにくい方は、高音域の増幅が足りていないことがあります。一方で、すでに十分な音が出ているのに、言葉の聞き分けが難しい方もいる。
この二つは、打つ手がまったく違います。前者なら増幅を見直す余地がある。後者なら、音を上げ続けることが正解とは限らない。「どの音が足りないのか」「どこまで下げても大丈夫か」を客観的に判断できるのが、実耳測定の強みです。
お客様が驚かれるのは
「何もしなくていい」
ということ。
測定中、聞こえたかどうかを毎回答える必要がありません。
「聞こえますか?」「もう少し大きい方がいいですか?」というやり取りを、何度も繰り返す必要がありません。

付き添いのご家族から
「客観的で分かりやすいですね」
もちろん、測定結果だけで判断はしません。測定のあとには、ご本人の感想や実際の聞き取りも必ず確かめます。
画面では上がっていた「小さな声」
他店で調整された方
他店で調整を受けた補聴器をお使いの方が、相談に来られました。
まずは聴力です。高い音になるほど聞こえにくくなる聴力で、グレーの帯で示した会話の音のほとんどが、補聴器なしでは届かない範囲にあります。
拡大して見る
拡大して見る次に、補聴器を着けない状態で語音明瞭度を測っています。もともと言葉の聞き分けが難しい耳で、他店で調整された補聴器では、この基準にも届いていませんでした。
もう一つの特徴は、音を大きくすると、かえって正解率が下がること。ただ音を上げればいい、というケースではありません。
拡大して見る目標にしたのは、補聴器を着けた状態で聞こえる一番小さな音(装用閾値)を、片耳で50dB程度、両耳で40dB程度にすること。一方で、ご本人には「普段は楽に使いたい」というご希望がありました。
ご本人のご希望
「普段は楽に使いたい」
そこで、設定を二つに分けています。
メモリ1|普段使い用
楽さを優先。装用閾値45〜50dBが目安
メモリ2|聞き取り優先
メモリ1をコピーし、小さな音の増幅を3〜4dB上げた設定
ここで、ひとつ問題が見つかります。
メーカーの調整ソフトの画面では、小さな音(40dB程度の入力)の増幅は、確かに上がった設定になっていました。
拡大して見るところが、実耳測定で耳の中の音を測ってみると、2kHz以下では、小さな音と普通の会話音の増幅量にほとんど差がない。画面の数字ほど、小さな音は持ち上がっていなかったのです。
拡大して見るここが分かれ目
これが分かったからこそ、メモリ2の小さな音を、装用閾値40dBを目指して安心して設定し直せました。耳の中でどこまで出ているかを確かめられるので、上げすぎを怖がらずに済む。画面だけを頼りにしていたら、ここで手が止まっていたはずです。
拡大して見る調整し直したあと、もう一度、補聴器を着けた状態で語音明瞭度を測っています。
拡大して見るメモリ2を使っていても、言葉の正解率そのものは高くありません。それでも、普段の会話は問題なくできるレベルまで来ています。
楽に過ごしたい場面ではメモリ1、聞き取りたい場面ではメモリ2。必要なときにだけ、必要な音を足す。これも「最小限の出力で、最大限の聞き取り向上」の一つの形です。
音を「下げて」楽になった方
他店で調整された方
反対に、音を下げたことで楽になった方もいます。他店で何度も効果測定を受け、データ上は聞こえているのに、音の大きさに苦痛を感じていた方です。耳鳴りの影響で、検査音に正確に反応できていなかった可能性がありました。
実耳測定で実際の出力を確かめ、必要以上に大きくなっていた音を抑えて調整し直したところ、返ってきたのはこの言葉です。
お客様の声
「前より楽になった」

さらに調べていくと、根本的な課題は音量ではなく、言葉を聞き分ける力のほうにありました。再調整にテーブルマイクの併用を加えて、こう言っていただけるようになっています。
お客様の声
「うるさくなくなったのに、前より聞き取りやすい」
上げる場面でも、下げる場面でも、判断の材料は「耳の中で実際に出ている音」です。
※ご紹介した2つの事例は当店で経験した一例であり、すべての方に同じ結果が得られるわけではありません。
測るだけでは、すべては解決しない
中村の持論
実耳測定は重視していますが、測りさえすれば全部うまくいくとは考えていません。語音明瞭度が下がっている方は、音量を合わせても言葉の聞き分けそのものが十分に戻るとは限らない。騒がしい場所での聞き取りには、補聴器の指向性や雑音抑制、使う環境も関わってきます。
測定はあくまで手段。大切なのは、その数値をどう読み解き、調整にどう生かすかです。
台風の日に、京都から来られた方

台風が近づいていた日のことです。こちらから日程の変更をお願いしたところ、こんなお返事でした。
お客様の声
「前から楽しみにしていました。近くにホテルも取ってあるので行きます」
京都から来てくださったその方は、高額な補聴器をお使いでした。実耳測定をもとに調整したあと、「1回の調整でここまで変わるとは思わなかった」と。そして帰り際、こう言われたのです。
お客様の声
「もっとこの測定の大切さを伝えてください。なんで日本ではもっと広まっていないんですか」
この言葉は、今も忘れられません。
実耳測定は新しい技術ではなく、海外では長年研究され、ガイダンスも整っています。それでも、その大切さが十分に伝わっていないと感じる場面は多い。この記事を書いた理由の一つが、あの日のひと言です。
何度調整しても合わない方へ

買い替えても、調整に通っても改善しない。そんなとき、必ずしも新しい補聴器が必要とは限りません。まず整理したいのは、次の3つです。
- 今の補聴器の性能は、困っている場面に足りているか
- 耳の中で、必要な音が実際に出ているか
- 聞き取りにくさの原因は増幅不足か、それとも別の問題か
2つ目を確かめる方法が、実耳測定です。正しいスタート地点が分かれば、これまでとは違う調整の道が見えてくるかもしれません。
当店が目指す調整
最小限の出力で、
最大限の聞き取り向上を。
補聴器は、調整を繰り返すこと自体が目的ではありません。その方の暮らしの中で、無理なく、必要な言葉を聞き取れるようにすること。そのための測定と調整を、これからも続けていきます。
処方式が変わっても測り続ける理由
2026年に約15年ぶりの新しい処方式「NAL-NL3」が登場しました。それでも耳の中の音を測る理由を、研究文献と調整経験から整理しています。
補聴器の処方式が15年ぶりに変わった。それでも私が「耳の中の音」を測り続ける理由参考文献・海外資料
- British Society of Audiology(2018)
Practice Guidance: Verification Using Probe Microphone Measurements.
英国聴覚学会による実耳測定の実践ガイダンス。補聴器の出力と処方目標の照合、調整、検証方法を解説。
https://www.thebsa.org.uk/wp-content/uploads/2023/10/REMS-2018.pdf - American Academy of Audiology(2021)
Real-Ear Verification for the New Professional.
メーカー初期設定と実際の補聴器出力の違い、実耳測定による検証の必要性を解説した専門記事。
audiology.org(Real-Ear Verification for the New Professional) - American Academy of Audiology(2018)
Stop the Madness: Verify Hearing Aid Fittings! Hope for the Future.
実耳測定による検証の重要性を訴え、補聴器フィッティングの検証を呼びかけた専門記事。
audiology.org(Stop the Madness: Verify Hearing Aid Fittings!) - San Francisco Hearing Center(米国)
Real Ear Measurements and Hearing Aid Verification.
実耳測定による個別フィッティングの考え方を解説した臨床現場の記事。
https://sfhearingcenter.com/blog/real-ear-measurements-and-hearing-aid-verification/
日ごろから参考にしている書籍・資料
- Dillon, H. Hearing Aids (2nd Edition)
- Gelfand, S.A. Essentials of Audiology (4th Edition)
- National Acoustic Laboratories (NAL) fitting principles
- American Academy of Audiology (AAA) Clinical Practice Guidelines
- Mueller, H.G., Ricketts, T.A., Bentler, R.A. Modern Hearing Aids
- Valente, M. Strategies for Selecting and Verifying Hearing Aid Fittings
※実際の補聴器適合は、文献上の推奨値だけでなく、聴力、語音明瞭度、生活環境、装用経験などを総合的に考慮して行う必要があります。
※海外補聴器販売店の記事は、考え方の紹介として引用しています。本記事は特定の補聴器メーカーや処方式を否定するものではありません。





