実耳測定を導入しただけでは意味がない理由
実耳測定を導入すれば、補聴器調整の問題がすべて解決する。
そう思われることがあります。
確かに実耳測定は非常に優れた技術です。
実際に耳の中へ届いている音を確認できるため、従来の調整では分からなかった問題も見えてきます。
しかし、私はあえてお伝えしたいことがあります。
実耳測定は、機械を導入しただけで成果が出るものではありません。
私自身、導入してから本当に使いこなせるようになるまでに1年以上かかりました。
そして今でも、
「実耳測定を行ったから解決する」
とは考えていません。
今回はその理由についてお話したいと思います。
実耳測定そのものの必要性については、前回の記事で詳しく解説しています。
私も最初から使いこなせたわけではありません
当店が実耳測定を導入した当初、私が最も不安だったのは測定用の細いチューブ(プローブマイク)の位置でした。
鼓膜手前の適切な位置へ本当に置けているのか。
この不安が常にありました。
実耳測定は非常に優れた方法です。
しかし、チューブの位置が少しずれるだけで結果も変わります。
当初はメーカー推奨の方法(付属ツール含め)をそのまま実践していました。
ところが現場では思うように安定しません。
そこで先行して実践している医療関係者の先生方にも相談しながら、自分なりに現場向けの方法へ改良していきました。
当時は一人運営でしたので、メーカー担当者にも協力していただきながらトレーニングを重ねました。
さらに身内や常連のお客様にもご協力いただき、繰り返し測定を行いました。
振り返ると、本格的に活用できるようになるまで約1年かかったと思います。
自動調整で気付いたこと
導入当初は、メーカーソフトと連動したAutoREM(自動適合機能)も積極的に活用していました。
測定結果をもとに、自動的に目標値へ合わせてくれる便利な機能です。
しかし、使い続けるうちにあることに気付きました。
プローブチューブの位置が少し浅い。
補聴器がチューブを踏んでいる。
耳の形状によりチューブが動いている。
こうした状態でも、自動調整は目標値へ合わせようとします。
結果として、必要以上の出力になってしまう可能性があります。
つまり、自動調整の精度はチューブの配置精度に大きく依存しているのです。
これは実耳測定に携わる方であれば当然の話です。
だからこそ私は、機械の表示だけに頼らず、測定前に必ず耳鏡(オトスコープ)でチューブ位置を確認しています。
最近の測定機器には位置確認を補助する機能もありますが、念には念を入れる意味で目視確認も行っています。
実耳測定は数ミリの違いで結果が変わることがあります。
チューブの管理なくして、実耳測定の精度はありません。
メーカー時代の経験が、思わぬ形で役立ちました
実耳測定を行う上で、意外な形で役立ったのがメーカー勤務時代の経験です。
当時私は補聴器メーカーの営業として、大手眼鏡チェーン店へ専門スタッフとして派遣されていました。
年間200日以上。
ほぼ毎日違う店舗へ行き、多い日は10人以上の相談対応を行っていました。
毎日違う耳を見ていました。
耳の穴が細い方。
曲がりが強い方。
耳の入り口が広い方。
耳栓が抜けやすい方。
耳型採取や補聴器選定を繰り返す中で、耳の形状と補聴器の関係を自然と学んでいったのです。
実耳測定を始めると、その経験が大きな武器になりました。
プローブチューブをどこまで入れるべきか。
チューブが外耳道の壁に当たっていないか。
補聴器がチューブを踏んでいないか。
測定結果が本当に信用できる状態なのか。
こうした判断はマニュアルだけでは身につきません。
数多くの耳を見てきた経験があったからこそ、測定結果の違和感に気付けるようになったのだと思います。
実耳測定は機械が測ります。
しかし、その結果を信じて良いのか判断するのは人です。
私は実耳測定を導入してから1年間トレーニングを重ねました。
しかしその1年を支えてくれたのは、メーカー時代に積み上げた12年間の経験だったのかもしれません。
補聴器メーカーごとに音作りや考え方には違いがあります。
実耳測定で失敗したこともあります
導入当初、私は
「良いものは最初から使った方がいい」
と考えていました。
そのため補聴器初心者の方にも、貸出段階から実耳測定を行ったことがあります。
結果は失敗でした。
私は良かれと思っていました。
しかし、その方にとっては、
補聴器も初めて。
聞こえないことへの不安もある。
そこへ実耳測定という新しい測定まで加わる。
何をしているのか分からない。
何が良くなったのかも分からない。
当然です。
結果として、
「雑音がうるさい」
という印象だけが残り、ご購入には至りませんでした。
私はそこで初めて気付きました。
お客様は正しく測定してほしいのではない。
ご自身の困りごとを理解してほしいのだと。
実耳測定だけでは解決しないこともあります
以前、医療関係者の方からご相談を受けたことがあります。
仕事中の聞き漏らしが許されない環境で働いておられました。
他店で半年以上補聴器を試されていましたが、満足できないとのことでした。
そこで私は、貸出段階から実耳測定を行いました。
まずは補聴器から適切な音が出ていることを確認する。
可能性を一つずつ消していくためです。
しかし結果は思ったほど改善しませんでした。
後から補聴器の使用状況を確認すると、仕事中しか装用されていなかったのです。
周囲の音が気になる。
うるさい。
そう感じるたびに音量を下げておられました。
最近の補聴器は使用状況のログが確認できます。
実際に見ると、使用時間も限定的でした。
本来であれば、もう一段階音量を上げた方が目標とする聞こえに近づける状態でした。
しかし現実には逆に下げてしまっていたのです。
私はこの時、
実耳測定は、耳に届く音を整える技術です。
しかし、補聴器をどう使いこなすか。
その部分までは測定では解決できません。
と改めて感じました。
補聴器には限界があります。
慣れも必要です。
聞き流す力も必要です。
その前提を共有できなければ、どれだけ正しく測定しても結果につながらないことがあります。
実耳測定が目的になってはいけない
以前、京都からご来店された方がいらっしゃいました。
この方については前回の記事でも触れましたが、高額な補聴器をお使いにもかかわらず、聞こえに満足できずにおられました。
実耳測定を行い、耳の中へ実際に届いている音を確認しながら再調整を行いました。
結果として聞こえは改善しました。
しかし今振り返ると、本当に価値があったのは測定そのものではありません。
なぜ聞こえないのか。
補聴器でどこまで改善できるのか。
今どんな音が耳へ届いているのか。
お客様と私が同じ地図を見ながら話せるようになったことでした。
帰り際、その方から
「もっとこの測定の大切さを伝えてください」
と言われました。
私にとって非常に印象に残っている言葉です。
実耳測定はゴールではありません。
お客様と私が同じ問題を見るための、共通言語なのです。
実耳測定の本当の価値
実耳測定は、
「正しい数値を出すこと」
が目的ではありません。
本当の価値は、お客様と専門家が同じ問題を共有できることだと私は考えています。
例えば、
耳鳴りが邪魔している。
聞こえている気はするが自信がない。
片耳だけ良く聞こえるので不安。
本当に補聴器が働いているのか分からない。
こうした問題を整理するための共通言語として、実耳測定は非常に役立ちます。
だから私は今、貸出段階で全員に実施するのではなく、お客様の状況と目的に応じて活用しています。
日本で広がらない理由
実耳測定が日本で広がりにくい理由は、設備の問題だけではありません。
確かに数百万円規模の設備投資は必要です。
しかし本当に大変なのはその後です。
測定を繰り返し、
失敗し、
結果を振り返り、
また測定する。
この積み重ねが必要になります。
また、日本では補聴器専門店だけでなく、眼鏡店や量販店など様々な業態で補聴器が販売されています。
耳型採取の経験が少ない環境では、プローブチューブを鼓膜近くへ適切に配置するだけでも難しい場合があります。
実耳測定は機械を導入したら終わりではありません。
使い続けることで初めて意味を持つ技術です。
私自身、導入してから1年近くトレーニングを続けました。
それでも今なお学ぶことがあります。
だから私は、実耳測定は設備ではなく技術だと考えています。
最小限の音量で、最大限の聞き取りを
私は実耳測定を万能だとは考えていません。
耳鳴りの強い方。
聴力変動のある方。
手術耳の方。
こうしたケースでは実耳測定だけでは解決できないこともあります。
だからこそ、
- 音場測定
- 語音明瞭度測定
- 生活環境のヒアリング
を組み合わせています。
大切なのは、正しい測定結果を出すことではなく、その方にとって無理のない聞こえを実現することです。
私は今でも、
「もっと音量を下げられないか」
「もっと楽に聞こえないか」
を考えながら調整しています。
お客様は、正しく測定してほしいのではありません。
ご自身が感じている聞こえの問題を理解してほしいのです。
実耳測定は、そのための共通認識を作る技術です。
そして、その共通認識をもとに最適な聞こえを一緒に探していくことこそ、補聴器専門店の役割だと私は考えています。
参考文献
- Dillon H. Hearing Aids(2nd Edition)
- Gelfand SA. Essentials of Audiology
- National Acoustic Laboratories(NAL)関連文献
- 中川雅文先生による補聴器適合関連講演・資料





