ライブやコンサートで、補聴器をつけて音楽を楽しみたい。演奏だけでなく、アーティストのMCも聞き取りたい。
そんなご相談が、当店にも届きます。
先に結論
調整しだいで、音楽の聴き心地やMCの聞き取りは良くなる。
ただし、誰でも快適に使えるわけではありません。
ライブ会場は、日常会話とはまるで違う音の世界です。大音量の演奏、会場の残響、観客の歓声。補聴器の性能だけでなく、装用する本人の聴覚の特性も結果を左右します。
実際、当店でも、買い替えをきっかけにライブのMCが聞き取れるようになった方がいる一方で、音楽スタジオでは補聴器を使えなかった方もいます。
この記事では、海外の研究と当店の実例をもとに、音楽と補聴器の関係、聞き取りが難しくなる理由、そして専門店として考える調整方法をお伝えします。
ライブで補聴器を使う目的は二つ
音楽を自然に楽しみたい
ライブの魅力は、ボーカルや楽器の音色だけではありません。音の強弱や広がりも、音楽そのものです。
ところが補聴器は、もともと日常会話を聞き取りやすくするための機器。会話向けの音声処理は、音楽ではかえって邪魔になることがあります。雑音を減らす機能が楽器の伸びやかな音を削ったり、コンプレッションが音楽の強弱を平らにしたり。
MCを聞き取りたい
もう一つの目的が、演奏の合間のMCです。音楽は楽しめても、何を話しているのかが分からない。そんな声もよく聞きます。
MCは、普段の会話とは別物です。マイクとPAスピーカーで増幅され、会場の残響や観客の声も重なります。演奏直後は残響が残り、言葉をかき消すこともあります。
音楽を自然に聴くための設定と、MCを聞き取るための設定。この二つは同じではありません。
ライブの音楽が補聴器で歪む理由
大音量に対する入力側の限界
補聴器のマイクが取り込める音の大きさには、上限があります。従来の補聴器では、およそ95〜105dB SPLが入力処理の限界とされ、それを超えると音が頭打ちになって歪み始めます。ライブの大音量は、この上限を超えることがあります。
大事なのは、入力側で起きた歪みは、最大出力を下げても消えないということ。入口で崩れた音は、出口で絞ってもきれいにはなりません。
近年は、入力の上限を引き上げた補聴器もあります。オーティコンでいえばClear Dynamics(クリアダイナミクス)がそれにあたります。ただし搭載は上位グレードに限られることが多く、すべての機種が同じ性能を持っているわけではありません。
コンプレッションによる音の変化
コンプレッション(圧縮)は、小さな音は聞こえやすく、大きな音は増幅しすぎないようにする機能です。
なぜこの機能が必要なのか。感音難聴では、補充現象(リクルートメント)が起こることがあります。小さな音は聞こえにくいのに、大きな音になると健聴者と同じくらい、あるいはそれ以上にうるさく感じる現象です。
聞こえ始める音の大きさは上がる一方で、不快に感じる音の大きさはあまり変わらない。その結果、「聞こえる」から「うるさい」までの幅、つまり快適に聞ける音の範囲が狭くなります。この狭い範囲に、外の世界の広い音の強弱を収めること。それがコンプレッションの役割です。
会話には欠かせない機能ですが、音楽では注意が要ります。
音楽には、ささやくような音から全開の音まで、幅広い強弱があります。圧縮が強すぎると、その強弱がならされて、音楽の躍動感が失われます。
海外の研究でも、音楽を聴くときは圧縮比を小さくする、圧縮速度を遅くするといった調整が有効な場合があると報告されています。
ただし、圧縮を弱めれば大きな入力に対する出力は増えます。補充現象のある耳で強弱を残そうとして圧縮を外せば、大きな音が一気に不快な領域へ入ってしまう。
音楽の強弱は保ちたい、でも圧縮は単純に外せない。この両立こそが、音楽用フィッティングの難しさです。
最大出力(MPO)も見逃せない
MPOは、補聴器から出る音の最大レベルを制限する仕組みです。大きすぎる音で不快にならないための大切な機能ですが、制限が強すぎると、音楽の大きなピークが削られて音質が落ちます。逆にMPOを上げすぎれば、不快な音が出る危険があります。
コンプレッション、利得、MPO。この三つは別々ではなく、互いの関係を見ながら決めるものです。
音は聞こえるのに、なぜMCの言葉が分からないのか
ここは補聴器の性能だけでは説明できない部分です。感音難聴では、音が小さく聞こえるだけでなく、内耳が音を分析する力そのものが変化することがあります。
周波数選択性の低下
内耳には、周波数ごとに音を分けて分析する働きがあります。感音難聴ではこの力が落ちることがあり、ボーカルとギター、キーボードが同時に鳴ると、声だけを切り分けるのが難しくなります。
音量を上げても解決しません。聞こえることと、区別できることは別なのです。
時間的な処理能力の低下
言葉、特に子音の識別には、ごく短い時間の音の変化が欠かせません。感音難聴では、時間分解能や時間微細構造と呼ばれる情報の処理が影響を受けることがあります。早口のMCや残響の多い会場では、音は聞こえているのに言葉にならない。そんな状態が起こります。
なお、時間分解能と時間微細構造は別の概念で、すべての難聴者で同じように低下するわけではありません。また、時間微細構造の処理は、難聴だけでなく年齢の影響も受けることが分かっています。
語音明瞭度が良くても、ライブは別の話
静かな検査室で語音明瞭度が良くても、残響や背景音、話者との距離、音響設備が加わるライブ会場では、同じように聞き取れるとは限りません。
実例① 同じグレードへの買い替えで、意図せずMCが聞き取れた
CASE 01Opn 3 → Intent 3/50代
オーティコンのOpn(オープン)3からIntent(インテント)3へ買い替えた50代のお客様から、「ライブのMCが聞き取れた」という報告がありました。ライブ用の設定を作ったわけではありません。こちらも狙っていなかった結果です。
この方は、高音域が高度に低下した聴力です。Opn 3を使っていた頃は、かなり弱めの設定からスタート。時間をかけて、小さな音の入力がようやく合ってきたところでした。
Intent 3に替えた当初は装用感が合いませんでした。コンチャロックが当たって痛むため、位置を動かして対応。ところが今度は、耳せんが耳の中で安定しない。そこで耳せんはOpn時代の旧タイプに戻しています。
設定もOpnの内容をそのまま引き継いでスタートし、そのうえで実耳測定(REM)を行い、調整し直しています。
何が効いたのか
入力の上限を広げるClear Dynamicsは、Opn 3にもIntent 3にも搭載されていません。ただし、世代が変われば回路や処理方式も変わるため、入力段の性能まで同じとは言い切れません。耳せんは旧タイプに戻したので、音響的な条件はほぼ変わっていません。
変わったのは、REMで調整し直したことと、機種の世代です。
高音が高度に低下した方にとって、MCの子音を聞き取れるかどうかは、高音域がきちんと届いているかに大きく左右されます。REMで実際の耳の中の出力を確かめ、高音を合わせ込んだこと。これがいちばん大きかったと見ています。
もう一つ、MCと演奏では、音圧や背景音の条件が異なります。演奏中よりもMCのほうが入力の上限に余裕があり、聞き取りやすい場面はあります。ただし、それも会場の音響やPAの設定しだい。入力を広げる機能がなくてもMCが聞き取れたのは、こうした条件が重なった面もあるはずです。逆に、演奏の大きなピークでは、上位グレードとの差が出る可能性は残ります。
なお、年齢によって時間微細構造の処理能力に違いが生じることも報告されています。50代は補聴器ユーザーの中では若い年代ですが、今回の改善にどの程度関係したかは分かりません。
上位グレードの機能に頼らなくても、基本のフィッティングを丁寧に合わせれば、生活の場面で結果は出る。この事例が示しているのは、そこです。
関連記事オーティコンOpn(オープン)からの買い替え事例(Intent 4・Intent 3)
実例② 音楽スタジオでは、音が大きすぎて使えなかった
一方、うまくいかなかった事例もあります。
CASE 02音楽スタジオ関係者/補聴器は初めて
音楽スタジオの関係者から、演奏中に補聴器を使いたいというご相談でした。補聴器は初めてで、普段は着けず、演奏中だけ使う想定です。
貸し出して試してもらったものの、スタジオでは音が大きすぎて使えませんでした。演奏中の高い音圧、補聴器による増幅、装用経験の少なさ。いくつかの要因が重なったはずです。入力側で歪んでいたのか、増幅された音そのものが大きすぎたのか、当時の状況からは断定できません。
音楽用の設定を用意すれば、どんな環境でも快適に使えるわけではない。そのことをはっきり示す事例です。
実例③ 歌手の方は、歌うときだけ片耳に
CASE 03歌手/両耳装用・RICタイプ
両耳に補聴器を使っている歌手の方の事例です。声量がとても大きく、歌っているときに自分の声が響きすぎてしまうのが悩みでした。
RICタイプで耳せんをオープンにしても、両耳装用ではうまくいかない。今は、歌うときは片耳にして音量を下げ、打ち合わせなどの会話では両耳に戻す、という使い分けに落ち着いています。
自分の声が響く原因は一つではない
自声の響きには、耳せんによる閉塞効果だけでなく、骨を伝わって届く自分の声、補聴器からの増幅音、処理の遅れ、大きな声に対する入力処理など、いくつもの要因が絡みます。オープンにすれば必ず解決する、という単純な話ではありません。
両耳装用には多くの利点があります。それでも、特殊な使い方をする方には、本人が使いやすい方法を一緒に探す必要がある。この方の片耳装用は、あくまで個別の対応です。
実例④ アナウンサーの方は、片耳装用で問題なし
CASE 04アナウンサー/片耳装用・RICタイプ
対照的なのが、アナウンサーの方です。RICタイプを耳せん付きで片耳に装用し、大きな声を出しても問題なく使えています。
歌手の方と結果が分かれたのは、声の大きさだけで決まるものではないからです。聴力、装用方法、声の出し方、使う環境。歌とアナウンスでは、声を出し続ける時間も、周囲の音響も違います。
「大きな声を出す仕事だから補聴器は無理」と決めつけることはできません。
音楽モードは、メーカーの設定のままでいいのか
最近の補聴器には、音楽用のプログラムを備えた機種もあります。雑音抑制、指向性、コンプレッションなどを音楽向けに切り替える仕組みです。
ただ、メーカーの音楽プログラムが一人ひとりに合うとは限りません。多くは基本のフィッティングを出発点に、各処理を変えているだけ。装用者の聴力や、実際に使う環境までは反映しきれません。
メーカーが用意した設定を鵜呑みにしない。測定結果と本人の目的に合わせて調整する。それが販売店の仕事です。
実例①でも、効いたのは音楽モードではなく、基本のフィッティングでした。
メーカーの音楽プログラムには、販売店が触れない項目もある
もう一つ、見落とされがちなのが、販売店側で変更できる範囲です。
メーカー資料より
たとえばスターキーのフィッティングソフト「Pro Fit(プロフィット)」の日本語版ヘルプには、音楽プログラムでは圧縮設定と最大出力(MPO)を調整できないと明記されています。調整できるのは、大きな音楽と小さな音楽のゲインを、−10から+10の範囲で動かすことだけです。
コンプレッションとMPOは、音楽の聴こえを左右する中心的な項目です。そこが固定されていれば、どれだけ丁寧に測定しても、音楽プログラムの中では調整しきれません。
これはPro Fitに対応した機種での話で、すべてのメーカー、すべての機種に当てはまるわけではありません。それでも、「音楽プログラムを選べば音楽向けに最適化される」とは言い切れない理由の一つです。
だから当店では、メーカーの音楽プログラムを選んで終わりにはしません。必要に応じて基本設定から音楽用のメモリを組み立て、圧縮やMPOまで含めて調整します。
当店が考える音楽用フィッティング
普段の聞こえを整えた基本設定を出発点に、次の項目を検討します。
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利得
大音量の環境では、会話用の設定のままだと増幅が過剰になります。必要に応じて利得を下げます。
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コンプレッション
音楽の強弱を自然に残すため、圧縮比を小さくしてリニアに近づけます。圧縮速度を遅くするのも一つの手です。ただし、圧縮を弱めると大きな入力への出力が増えるため、MPOとセットで確認します。
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低音域・高音域
低音の厚みや高音の倍音は、音質を左右します。ただし、増やせばいいわけではありません。聴力、耳せんの形状、音楽のジャンル、本人の好みで決めます。
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雑音抑制と指向性
音楽では、雑音抑制が楽器の音を不自然にすることがあります。音楽用の設定では、弱めるか解除を検討します。一方、MCを優先するなら、指向性が役立つ場面もあります。
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最大出力(MPO)
圧縮を弱めたとき、いちばん気をつけたいのがここです。大きな音が不快にならないよう、本人の聴覚特性に合わせて確認します。ただし、下げすぎれば音楽のピークが削られ、音質が落ちます。
利得、圧縮、MPO。一つずつではなく、全体のバランスで見ることが大切です。
音楽用の調整でも、実耳測定(REM)は欠かせない
フィッティングソフトの画面に表示される利得や出力は、実際の耳の中の音と一致しません。耳の形、耳せんの密閉度、ベントの状態で、耳の中の音響特性は変わります。
だから当店では、REMで補聴器の音が実際の耳の中でどう出ているかを確かめます。実例①で結果が出たのも、ここを丁寧にやったからです。
音楽用の設定では、会話の音だけでなく、大きな入力に対する出力にも目を配ります。
ただし、REMにも限界があります。一般的な会話音での測定だけで、ライブ会場の大音量や入力側の歪みまで評価しきれるわけではありません。測定上の特性が良くても、音楽を心地よく感じるかは人それぞれです。
REMによる客観的な確認と、本人が音楽をどう感じるか。この両方を組み合わせて仕上げます。
関連記事補聴器を何度調整しても合わない
ライブでは、音楽用とMC用の設定を使い分ける
ライブ中にスマートフォンを取り出して細かく調整するのは、現実的ではありません。事前に複数のメモリを用意して、補聴器本体のボタンで切り替えられるようにしておきます。
MEMORY 1演奏中
音楽の自然さを優先し、利得・圧縮・雑音抑制を調整
MEMORY 2MC中
言葉の明瞭性を優先し、必要に応じて指向性などを活用
もしもの時音が大きすぎる場合
音量や装用方法を見直し、必要なら補聴器を外して聴覚保護を優先
すべての機種で同じ設定ができるわけではなく、分けたからといって必ず良くなるわけでもありません。それでも、使う場面を想定して準備しておく価値はあります。
ライブ会場では聴覚保護も忘れずに
ライブ会場は、健聴者にとっても耳への負担が大きい場所です。大音量に長時間さらされれば、聴覚に悪影響が出るおそれがあります。
補聴器の音量を下げても、最大出力を制限しても、それで安全な環境になるわけではありません。オープンタイプなら、周囲の大きな音は耳せんの隙間から直接耳に入ってきます。
補聴器は、原則として耳栓の代わりにはなりません
- 必要なら補聴器を外して、遮音性能のある耳栓を使う
- スピーカーから離れる
- 休憩をはさむ
補聴器にも限界がある。それでも音楽を楽しむために
補聴器の技術は進歩しています。大きな入力への対応、音楽用プログラム、環境認識、雑音抑制。使える機能は確実に増えました。
それでも、周波数選択性や時間的な処理能力の低下を、補聴器だけで取り戻すことはできません。会場の音響や本人の聴覚の条件によっては、どれだけ調整しても満足のいく結果にならないこともあります。
だからこそ、音楽用プログラムを設定すること自体を目的にはしません。
音楽を楽しみたいのか。
MCを聞き取りたいのか。
自分の声を自然に感じたいのか。
何を優先するかで、必要な調整は変わります。
メーカーの設定に頼らず、本人の聴力、REMによる出力の確認、実際に使う場面を踏まえて調整する。そして、補聴器では解決できないことも正直に伝える。
それが、音楽を楽しみたい方に対して、補聴器専門店が果たすべき役割です。
参考文献・海外資料
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https://www.oticon.com/professionals/brainhearing-technology/velox-platform-technology/additional-opn-technologies - スターキー Pro Fit ヘルプ「ファインチューニング」
https://www.starkeyhearingtechnologies.com/ProFitHelp/ja/Fitting/Fine_Tuning.htm





