補聴器の処方式が15年ぶりに変わった。
それでも私が「耳の中の音」を測り続ける理由
補聴器のフィッティングで世界的に使われてきたNAL-NL2。その次世代となるNAL-NL3が登場しました。
NAL-NL2が発表されたのは2011年です。約15年を経て登場したNAL-NL3は、単に計算式を新しくしたものではありません。NAL(National Acoustic Laboratories)の公式情報では、数百万件規模の実世界の補聴器フィッティングを基盤に、機械学習による分析、実耳測定、実生活でのユーザーからのフィードバックなどを取り入れた新しいフィッティングシステムと説明されています。
この記事では「処方式」と「実耳測定」という言葉が何度も出てきます。
処方式とは、聴力検査の結果などをもとに、補聴器からどの周波数にどれくらいの音を出すか、その目標を計算する方法です。
実耳測定(REM:Real Ear Measurement)とは、補聴器を装用した状態で耳の中に細いチューブを入れ、鼓膜付近に実際にどのような音が届いているのかを測る方法です。
簡単に言えば、処方式で「このくらいの音が必要だろう」と目標を決め、実耳測定で「実際にその音が届いているか」を確かめます。
これまでNAL-NL2を基準に、多くの方の補聴器を実耳測定で確認してきました。ターゲットどおりでうまくいく方もいれば、そこから調整した方もいますし、NAL-NL1やDSLを選んだこともあります。
その中で、長く大切にしてきた調整のコンセプトがあります。
「最小限の出力で、
最大限の聞き取り向上を目指す」
単純に音を小さくするという意味ではありません。必要な音はきちんと届ける一方、聞き取りの改善につながらない音まで必要以上に大きくしない。
その判断を感覚だけで行わないために処方式があり、実際に耳へ届いている音を確認するために実耳測定があります。
NAL-NL3という新しい処方式が登場した今、これまで経験してきたことも振り返りながら、自分が補聴器をどのように調整しているのかを一度整理してみたいと思います。
この記事の目次
- 1NAL-NL3とは? 約15年ぶりに登場した新しい補聴器の処方式
- 2NAL-NL3は数百万件のデータを使う。それでも最後に見るのは「目の前の一人」
- 3補聴器の処方式は「正解」ではなく、フィッティングの出発点
- 4NAL-NL2についてDillon博士に直接聞いたこと
- 5語音明瞭度が低い人では、同じ調整が正解とは限らない
- 610年、20年補聴器を使ってきた人には、それまで聞いてきた音がある
- 7実耳測定で合っていても「うるさい」と言われることがある
- 8低音を足したら「ワーン」と響く。そのときREMをどう見るか
- 9軽度難聴だからこそ、必要な音が届いているか確認したい
- 10聴力は正常なのに聞き取れない場合、補聴器が最初の答えとは限らない
- 11片耳難聴では、音場測定と実耳測定で見ているものが違う
- 12複数メーカーの補聴器を比較するからこそ、共通の物差しを持つ
- 13AutoREMで自動化されても、実耳測定で人が確認する部分は残る
- 14NAL-NL3のCINは「最小限の出力」とどこまで重なるのか
- 15NAL-NL3を否定する理由はない。しかし、盲信する理由もない
- 16約40年前から「実際の耳で測る」という考え方は続いている
- 17なぜ実耳測定が必要なのか――処方式は地図、REMは現在地の確認
1NAL-NL3とは? 約15年ぶりに登場した新しい補聴器の処方式
NALの基本思想がすべて変わったわけではありません。
NAL-NL1、NAL-NL2と続いてきた、語音理解を最大化しながらラウドネスを適切な範囲に保つという考え方は、NAL-NL3 Prescriptionにも引き継がれています。
大きく変わったのは、その周囲に「モジュール」という考え方が加わったことです。
基本となるNAL-NL3 Prescriptionに加え、騒音下での快適性を考えるComfort in Noise(CIN)Module、正常または正常に近い純音聴力でありながら実生活で聞き取りに困難を感じる成人を対象としたMinimal Hearing Loss(MHL)Moduleが用意されています。
青:NAL-NL3 Prescription(基本の処方)緑・橙:CIN Module、MHL Module(目的に応じて追加するモジュール)
補聴器を調整していると、「聞こえる音を増やせば、それで解決するわけではない」と感じる場面が少なくありません。騒音下での快適性や、オージオグラムだけでは説明できない聞き取りの問題まで扱おうとしているところは、NAL-NL3で注目している部分です。
特にCINの方向性には、「最小限の出力で、最大限の聞き取り向上を目指す」という自分自身の調整コンセプトと重なる部分を感じています。
2NAL-NL3は数百万件のデータを使う。それでも最後に見るのは「目の前の一人」
NALの公式情報によると、NAL-NL3は数百万件の実世界の補聴器フィッティングを基盤とし、機械学習による分析、実耳測定、実生活でのフィードバックなどを組み合わせて開発されています。
大量のデータを使ったから実耳測定が不要になったのではありません。実際のフィッティングやREMを含むデータも材料にしながら、処方式そのものが進化しています。
一方、数百万件のデータがあっても、その日に補聴器を調整する相手は数百万人ではありません。
目の前に座っている一人です。
数百万件から得られた知見を利用しながら、その人の耳では実際に何が起きているのかを測る。この二つは対立するものではなく、むしろつながっていると考えています。
3補聴器の処方式は「正解」ではなく、フィッティングの出発点
NAL-NL3の考え方を解説した2026年の論文では、処方式を「validated starting points」、つまり検証されたフィッティングの出発点として位置づけています。
そこから実際の出力を検証(verification)し、必要に応じて個別に微調整し、実生活でどのような結果が得られたかを確認していく。
これは、これまで実耳測定を行う中で大切にしてきたことと重なります。
ターゲットは絶対値ではありません。しかし、最初から無視するものでもありません。一度基準を確認し、本人の反応や語音の聞き取り、装用経験、生活環境を見ながら必要な調整を行います。
その結果としてターゲットから外れるなら、どこを、なぜ外したのかが分かっている。
実耳測定は、ターゲットどおりの音を無条件に入れるための測定ではありません。現在どのような音が耳へ届いているのかを客観的に確認し、次の調整を考えるための測定です。
4NAL-NL2についてDillon博士に直接聞いたこと
この考え方に至るまでには、今でも覚えている出来事があります。
独立してまだ間もないころ、メーカー主催のセミナーでHarvey Dillon博士が来日されました。
せっかく直接お会いできる機会なので、あらかじめ日本の扇子を購入して用意していました。セミナーが終わっても帰らず懇親会まで残り、Dillon博士に扇子をプレゼントして、以前から聞いてみたかったことを直接質問しました。
当時、NAL-NL2よりNAL-NL1で調整した方が、お客様の最初の反応が良いことがあると感じていました。
私の質問「NAL-NL1の方がお客様の反応が良い場合があることについて、どう考えますか」という趣旨の質問をしました。
Dillon博士の答え返ってきたのは、なぜNAL-NL2を試さないのか、まず必要な音を届け、その後、その音に順応していく過程まで支えていくことが補聴器フィッティングではないか、という趣旨の回答でした。
これは論文からの引用ではなく、当時Dillon博士本人から直接聞いた内容を、私自身の記憶に基づいて書いています。
Harvey Dillon博士と
このやり取り以降、「最初の反応が良いから」という理由だけでNAL-NL1を選ぶことはしなくなりました。
まず必要と考えられる音を届ける。そのうえで実際の反応を確認し、音に慣れていく過程まで支える。
現在NAL-NL1やDSLなど別の処方式を選択する場合には、語音明瞭度、これまでの補聴器装用経験、聴力の状態など、その方なりの理由を考えて選んでいます。
「最小限の出力」も、必要な音まで削るという意味ではありません。必要な音を届けたうえで、聞き取りへの貢献が小さい音をどこまで入れる必要があるのかを考えます。
5語音明瞭度が低い人では、同じ調整が正解とは限らない
処方式やコンプレッションを変えた方がうまくいった経験もあります。
語音明瞭度が30%前後だったある方では、処方式だけでなくコンプレッションの設定も変更しました。高速コンプレッションへ変更したとき、聞こえ方が変わったことが表情から分かるほど反応が良くなりました。
この経験だけから「語音明瞭度が低ければ高速コンプレッションがよい」とは言えません。ただ、関連する研究はあります。
Verschuureらは1998年、fast(syllabic)compressionについて検討し、利益が得られたのは一部の対象者で、語音弁別の低い人が含まれていた一方、語音弁別が良好な人では結果を悪化させる傾向があったと報告しています。
自分の経験をこの研究だけで説明できるとは考えていませんが、少なくとも「同じ設定が全員に同じように働くわけではない」という点では重なります。
必要以上に音を増やすより、限られた聞き取り能力の中で、どの音をどう届ければ言葉の手掛かりを得やすくなるのか。その視点で調整することがあります。
610年、20年補聴器を使ってきた人には、それまで聞いてきた音がある
補聴器を初めて使う方と、10年、20年と使ってきた方では、同じ聴力でも反応が違うことがあります。
長期間、比較的強い増幅に慣れている方では、NAL系列だけでなくDSLを試すこともあります。
NAL-NL2そのものにも、補聴器の装用経験による補正が組み込まれています。Keidserらの研究では、新規装用者と経験者では好む利得に違いがあり、軽度を超える難聴を持つ新規装用者では、難聴の程度が大きくなるにつれて経験者より低い利得を好む傾向が示されています。また、経験者が選好する利得へ適応するまで最大2年を要する可能性も報告されています。
日本語話者を対象にNAL-NL2とDSL v5を比較したクロスオーバー研究もあります。初めて補聴器を使用する18名を対象とした研究では、DSL v5の方が250Hz、500Hzの実耳挿入利得が大きかった一方、語音成績やAPHABには有意差が認められず、最終的には11名がNAL-NL2、7名がDSL v5を選択しました。
DSLがNALより優れているという話ではありません。
同じ聴力でも全員が同じ音を好むわけではなく、長年使ってきた補聴器の音も、その人について知っておきたい情報の一つです。
「最小限の出力」も、全員を同じ小さな利得にすることではありません。その人に必要な出力の最小限を探します。
7実耳測定で合っていても「うるさい」と言われることがある
REMでターゲットへきれいに合わせたのに、「この音はつらい」と言われることがあります。
音に敏感な方では、食器などが触れたときの高い音や、突然入ってくる大きな音を強く不快に感じることがあります。グラフ上では問題がなくても、本人にとっては負担になっている。
そういう場合は調整します。
重要なのは、ターゲットから外れたことではなく、
どこから、なぜ外したのかが分かっていることです。
聞き取りが変わらないのに、ただうるささだけが増えているのであれば、その出力に意味があるのかを考える。反対に、本人が少しうるさいと感じても、言葉を聞き取るために必要な情報であれば、時間をかけて慣れてもらう方がよい場合もあります。
実耳測定は、その判断を代わりにしてくれるものではありません。
何が耳へ届いているのかを客観的に把握し、本人の反応と照らし合わせるために使います。
8低音を足したら「ワーン」と響く。そのときREMをどう見るか
耳あな型補聴器などを調整していると、REMでは低域がターゲットに届いていないのに、そこから利得を足すと「ワーンと響く」「言葉がぼやける」と言われることがあります。
音場測定の結果まで合わせて見ると、補聴器から出ている気導音だけでは説明しにくいと感じるケースもありました。
ここで無視できないのが、外耳道を塞ぐことで起こる閉塞効果(occlusion effect)です。
研究では、外耳道を閉塞すると骨導由来の低周波成分による外耳道内音圧が増加することが知られています。また、ベントなどで耳道を開放すると閉塞効果が減少し、その程度にはイヤモールドの設計も関係することが報告されています。
REMで低域がターゲットより低いという理由だけで、利得を足し続けるのも違います。
実耳測定で確認している補聴器からの出力と、閉塞なども含めて本人が最終的に知覚している音は、分けて考える必要があります。
低音を足しても聞き取りが変わらず、響きやマスキングだけが増えるのであれば、「最小限の出力で最大限の聞き取り向上」という考え方から一度立ち止まります。
9軽度難聴だからこそ、必要な音が届いているか確認したい
低音では出力を増やしすぎないよう慎重になる一方、軽度難聴には逆の難しさがあります。
当店には学校の先生など、日常的に若い人の声を聞かなければならない方も来られます。
軽度難聴では、音場測定だけでは補聴効果の差が見えにくい場合があります。しかし本人が必要としているのは、検査室で音が聞こえたかどうかだけではありません。
教室で生徒の声を聞く。会議で複数の発言を追う。騒音の中で会話を理解する。
生活によって必要な聞こえは違います。
軽度だから全体の出力を大きくする必要はない。しかし、必要な高域まで遠慮して削ってしまえば、補聴器を使う意味そのものが薄くなります。
ここでも目指すのは「小さい音」ではなく、
必要な情報を必要なだけ届けることです。
必要な帯域へ本当に音が届いているのか。それを直接確認できるところに、軽度難聴でも実耳測定を行う意味があると感じています。
10聴力は正常なのに聞き取れない場合、補聴器が最初の答えとは限らない
NAL-NL3で注目しているもう一つが、Minimal Hearing Loss(MHL)Moduleです。
純音聴力検査が正常、あるいは正常に近いからといって、実生活でも聞き取りに困っていないとは限りません。
静かな場所なら分かるのに、騒がしい場所では言葉が入ってこない
複数の人が話すと聞き取れない
音は聞こえているのに、言葉として理解しにくい
こうした訴えがあります。
日本でも、このような聞き取りの問題について、聞き取り困難症(Listening Difficulties:LiD)/聴覚情報処理障害(Auditory Processing Disorder:APD)として研究が進められています。
阪本浩一氏らの研究では、純音聴力検査では異常を認めないにもかかわらず、騒音下や複数音声下で聞き取り困難を訴える人がいること、また聴覚情報処理だけでなく注意、認知、言語などの問題が関連する可能性が示されています。日本では診断基準についても研究・整備が続いています。
そのため、「聴力は正常なのに聞き取れない=LiD/APD」と簡単に決められるものではありません。
実際、当店にも純音聴力は正常範囲なのに、人の話が聞き取りにくいという方が来られたことがあります。
その方については、一般的な難聴に対する補聴器の対象として考えるケースではないと判断しました。そして聞き取り困難について詳しく診ている医療機関を調べ、耳鼻咽喉科への相談をご提案しました。
原因を判断するのは医療の領域です。
一方、NAL-NL3のMHL Moduleは、正常または正常に近い聴力でありながら特定の環境で聞き取りに困難を抱える人へ、新しい選択肢を提示しようとしています。
これは今後注目したい領域ですが、順番は大切です。
まず何に困っているのかを見る。医療で確認すべきことがあれば耳鼻咽喉科につなぐ。そのうえで補聴器が役立つ可能性があるなら検討する。
「最小限の出力」という考え方を突き詰めれば、必要のない人には補聴器から音を出さないという判断も当然含まれます。
11片耳難聴では、音場測定と実耳測定で見ているものが違う
片耳難聴でも、測定していて考えさせられることがあります。
音場で測定すると、条件によっては良聴耳の影響を切り離して評価することが難しい場合があります。一方、実耳測定なら装用耳の外耳道内で、補聴器が実際にどのような出力をしているのかを確認できます。
どちらが優れているという話ではありません。
実際の聞こえを評価したいのか、装用耳に届いている補聴器の出力を確認したいのか。目的によって測定方法を使い分けます。
NAL-NL3になっても、「いま何を測っているのか」を理解して測定するという基本は変わらないでしょう。
12複数メーカーの補聴器を比較するからこそ、共通の物差しを持つ
独立する前は補聴器メーカーに勤務していました。
メーカー独自のファーストフィットには、NALなどの処方式とは少し違う役割もあります。初めて補聴器を装用した瞬間に「聞きやすい」「違和感が少ない」と感じてもらうことも、製品としては重要だからです。
メーカー勤務時代には、製品の第一印象を意識した調整が行われる場面も経験しました。
現在は複数メーカーを扱っています。
メーカーAの独自処方とメーカーBの独自処方をそのまま比較すると、「補聴器本体の違い」を聞いているのか、「処方式の違い」を聞いているのか分からなくなることがあります。
そのため比較するときは、可能な範囲で共通した処方式を一つの物差しにします。そのうえで、それぞれの補聴器がどう違うのかを見る。
メーカー側と販売する側の両方を経験してきたからこそ、比較するときの条件はできるだけ揃えておきたいと考えています。
13AutoREMで自動化されても、実耳測定で人が確認する部分は残る
実耳測定そのものの自動化も進んでいます。
AutoREMは、補聴器を自動的にターゲットへ近づけてくれる便利な機能で、作業効率や再現性という点でも意味があります。
一方、実耳測定では耳の中へプローブチューブを挿入します。チューブの位置や測定条件によって結果が変化することがあり、特に高周波域では外耳道内の定在波が測定精度へ影響することも報告されています。
想定より低い値が出たとき、本当に補聴器の出力が足りないのか、それとも測定条件の影響なのか。
AutoREMはターゲットへ近づける作業を自動化できますが、出てきた数字をどう解釈するかまで完全に同じ仕事ではありません。
自動化が進むほど、人が何を確認し、どこで判断するのかは整理しておく必要があります。
14NAL-NL3のCINは「最小限の出力」とどこまで重なるのか
Comfort in Noise(CIN)Moduleは、NAL-NL3で最も実際に試してみたいものの一つです。
補聴器を調整していると、騒音下で「聞こえないから利得を増やす」だけではうまくいかないことがあります。特に低域が過剰になると、音量は増えたのに会話がぼやけたと感じる方もいます。
CINは、騒音下でNAL-NL3 Prescriptionより利得を選択的に抑え、全体のラウドネスを下げながら語音理解をできるだけ維持することを狙ったモジュールです。
NAL-NL3のCINに関する研究では、騒音によってマスクされ、語音明瞭度への寄与が小さい一方でラウドネスへの寄与が大きい周波数の利得を優先して減らすという考え方が示されています。
2026年に発表された開発・評価研究では、軽度から高度難聴までの成人補聴器ユーザーを対象に、実験室と実生活の両方で検討が行われました。その結果、NAL-NL3 Prescriptionと比べて騒音下での快適性を改善しながら、実験室での騒音下語音理解には有意な悪影響を認めなかったと報告されています。
「必要以上に出力を増やさず、聞き取りを確保する」という方向は、長く大切にしてきた「最小限の出力で、最大限の聞き取り向上を目指す」という考え方と近いものを感じます。
もちろん、同じ考え方だと言っているわけではありません。
だからこそ、実際にどう働くのかを測ってみたい。
CINの開発研究でも、補聴器の設定だけを見て評価したのではなく、プローブチューブによる実耳測定を使ってターゲットを確認したうえで比較しています。
CINを使える環境になれば、設定がどう変わるのか、実際の耳ではどう変わるのか、そして本人はどう感じるのか。その三つを見ていくつもりです。
15NAL-NL3を否定する理由はない。しかし、盲信する理由もない
数百万件というデータは大きな価値があります。同時に、データを見るなら件数だけでなく、何を学習し、何を評価し、どのように処方式へ反映したのかにも関心があります。
NAL-NL3の初期研究にはNAL自身の研究者・開発関係者が深く関わっています。関連論文では、著者の所属やNAL-NL3のライセンス、研究に関連した機器提供などについて利益相反が開示されています。
新しい処方式の初期研究を開発元が中心になって行うこと自体は不自然ではありません。今後、NAL以外の研究者による検証が増えてくれば、それも見ていきます。
新しいものだから疑うのではなく、新しいものだからこそ、まず仕組みを理解し、自分でも測って確かめる。
実際に目の前のお客様へ使うものなので、その順番で十分だと思っています。
16約40年前から「実際の耳で測る」という考え方は続いている
1987年、Harvey DillonとNarelle Murrayは、補聴器の実耳利得を推定する12種類の方法を比較しました。
8名を対象に測定を繰り返した結果、当時実施可能だった方法の中では、プローブマイクによる実耳挿入利得測定が最も正確だったと報告しています。
それから約40年。
補聴器の信号処理は大きく変わり、NAL-NL1からNAL-NL2、そしてNAL-NL3へと処方式も進化しました。AutoREMのような自動化も進んでいます。
それでも現在のNAL-NL3で、処方式は「検証された出発点」と位置づけられています。その後に実際の出力を確認し、必要な微調整を行い、実生活での結果を見るという流れは残っています。
技術が変わっても、
「実際の耳で確かめる」という部分はなくなっていません。
17なぜ実耳測定が必要なのか――処方式は地図、REMは現在地の確認
ここまで書いてきたことを整理すると、補聴器を調整するときの考え方はそれほど複雑ではありません。
中心にあるのは、最初に書いたこの考え方です。
「最小限の出力で、
最大限の聞き取り向上を目指す」
必要な音まで削ることではありません。聞き取りのために必要な音はきちんと届ける。その一方で、聞き取りの改善につながらない出力まで増やさない。
その判断を感覚だけで行わないために、処方式で一つの基準を作り、実耳測定で目の前の耳に実際に何が届いているのかを確認します。
必要なら理由を持って調整し、語音の聞き取りや本人の感覚を見る。そして最後は実生活で確かめる。補聴器より先に医療で確認すべきことがあれば、耳鼻咽喉科へつなぎます。
処方式を地図にたとえるなら、
REMは現在地の確認です。
地図が精密になったから、現在地を確認しなくてよくなるわけではありません。むしろ地図が精密になるほど、その人が実際にどこにいるのかを確認する意味があります。
NAL-NL3が使用できる環境になれば使います。必要なら測定機器やソフトウェアも更新しますし、その次の処方式が登場すれば、それも勉強するでしょう。
変わるのは技術や処方式です。目指すところまで変える必要はありません。
必要な音を、必要なだけ届ける。
その結果として、できる限り聞き取りを改善する。
そのために基準を持ち、測り、理由を持って調整し、最後は目の前の一人とその人の生活で確かめる。
NAL-NL3について調べながら改めて整理してみると、これがこれまで続けてきたことであり、これからも補聴器を扱ううえでの自分の指針になると思います。
参考文献・資料
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